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原稿の期限からの連想

われわれのような年代になれば誰でも,一つや二つは,あるいはもっと多くの,気がかりなことを抱えて毎日を過ごしているものだろう。その場合,むしろ不思議なことは,それでも普通の生活を人々は営んでいることの方かもしれない──いくら気がかりなことがあっても,それだけで煮詰まってしまえないのだ。
こんなことを思うのも,現在編集中の論文集に,予定通りの期日を過ぎてもなかなかに原稿が集まりきらぬことがあるからだ。出版社との約束の期限の「本当の限界」が近づく一方で,「書けない」ので「もう少し待ってほしい」との言いわけや,あっさりと,督促のメールへの無反応が続く。気の弱い僕としては,ただひたすらに「お願い」し,いらいらを募らせるしかない。
「そんな本の編集など引き受けなければよいのに」,と能天気に家人はのたまうが,科研費の後始末やら何やらの儀露とかで,首の回らないこの状態をわかってくれというのは無理なことなのだろうか。

しかし,考えてみると,原稿の期限を守る人とそうでない人というのは,まったく違った"人種"で,ことほどさように他の局面でも,期限あるいはより一般的に約束ということに対する構えが違うような気がする。僕自身がかかわってきたいくつかの共同作業を思い浮かべてみて,確かにそうだ,と思う。
これはどういうことなのだろうか。
何か,幼少期に強い印象を与える原体験があって,期限や約束は守らなくてはならないということをその人格の基層に刷り込まれた人とそうでない人となのだろうか。あるいは,もっと以前に,いわば遺伝的に決定された"几帳面さ"あるいは"誠実さ"といったその人の人格そのものの特質に由来するのだろうか──

かつてN先生にうかがった瀧川先生の言葉:人の生は結局は時間なのだから,約束に遅れた貴君はその時間の分だけ私の生命を奪ったのだということを知りなさい── 凄いとしか言いようがない。もし自分の先生にこう言われたら,僕など,そのままビルの窓から飛び降りるか,少なくとも,大学も職場も捨てて郷里に引っ込んでしまうだろう。
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by kriminalisto | 2006-11-16 00:21 | 日記・コラム・つぶやき