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『極刑』

 死刑問題を考える上で,究極の一冊──と言うふれ込みで,昨年末に全国の書店に並んだこの本は,スコット・トゥローの令名と岩波書店の「力」とによって,わが国の多くの読者をひきつけたようだ。
 2003年1月,米国イリノイ州のジョージ・ライアン知事は,無罪を理由に4名の死刑囚に恩赦を与え,残る死刑囚全員を一括で減刑し自由刑とした。全米のみならず世界中に衝撃を与えたこの決定に大きな影響を与えた「イリノイ州死刑諮問委員会」のメンバーの中にいたスコット・トゥローが,消極的なものではあれ死刑制度容認から死刑廃止の確信へと至る,思索と心の軌跡を率直に著したのが本署である。
 もう30年も前にわが国で紹介された『ハーバード・ロースクール』で彼の名を知り,『推定無罪』をはじめ彼の多くのリーガル・サスペンスを読んだ身としては,彼が死刑問題にどのような意見を述べるのか,興味がないはずはない。のみならず,翻訳者である指宿さんから直接,「この本を読んで勉強してください」とばかりに贈呈されたからには,きちんと読むのが礼儀だろう。
 この本を読んで,あらためて感じ入ったのは,イリノイ州をはじめとするアメリカ合衆国での死刑制度の運用の乱暴さだ。暴力的な捜査と「共犯者の自供」を基礎とする死刑判決の散在,そして何よりも,人種や民族を基礎とした差別・偏見の圧倒的な作用,情報操作とメディアを利用した政治的思惑の影響,等々,数え上げるときりのない阻害要因があげられる。こんなむちゃくちゃな世界だからこそ,一方では安易な死刑制度の濫用があり,他方では種々の証拠法則や抑制原理への熱中が見られるのだろう。大体,州の最高裁判所が確定した有罪判決を,選挙の成り行きを気にしながら州知事が「無罪」だと覆し,死刑囚を放免するようなやり方を,疑問だと思わない研究者やジャーナリストが信じられない。──強力な権限は逆にも使われうるのだ。

 結局,読む前と今とで,僕の死刑に関する考え方はほとんど変わっていない。
 死刑もまた,他の刑罰制度と同様,無用となる日が来るかもしれない。その日を,一般論としては,僕も待ち望んでいる。だが,今日の世界はこの刑罰制度を──もちろんすべての刑事法制がではないが──持ち,それに一定の機能を付与している,というのが事実だ。どのような「機能」をか,と問われれば,かなり考えた末に,「正義」の確証と言うべきかもしれない。
 つまり,こういうことだ。死刑も含め刑罰制度の正当化根拠は,刑事責任それ自体の中にあり,刑罰の軽重は責任の大小に対応している。そしてそれは,それ自体として犯罪と刑罰との等価交換の思想の反映なのだ。もちろん,実際の刑罰は「目には目,歯には歯」といったタリオの制度とはほど遠く,あらゆる犯罪を人の自由と財産の量,例外的に生命,によって贖わせ,また同時に本人の将来の再犯を防ぐための教育という考慮を加えている。その量はその時代と社会の条件によって変容させられた基準に沿って計られる。それでも,刑罰の量を計る基準の最重要のものは彼の犯罪の軽重,つまりは刑事責任の量だということは否定できないだろう。そして,そのような「刑事責任に対応する刑罰」こそが,市民の共感を呼び,少なくとも納得を得るのだ。この等価交換が破られるなら,そのときは,法と正義,政治体制と司法制度に対する信頼は大きく傷つくに相違ない。
 それでも,刑罰制度としての死刑は異常な刑罰だ,という意見が唱えられる。とり返しがつかない,というのだ。本当にそうだろうか──つまり,他の刑罰とくに自由刑とそれほど違うのだろうか。そうは思わない。人の生命を奪うことの重大性はそれなりに理解しているつもりだが,同時に,人の生命は結局は時間だと思う。たかだか数十年をしか生きえない人間にとって,その人生の10年をあるいは20年を奪うということは,その人の生命の何分の一かを奪うことに等しい。であれば,自由刑と生命刑とは連続的なものであり,その時代と社会に一般的な価値意識によって加工された秤によって,妥当と考えられた「等価」において刑事責任と交換されるのだ。
 であれば,刑罰制度一般を廃止せよと言うのならいざ知らず,死刑制度のみを廃止せよという主張を理解することは困難だと言わねばならない。
 
 本当は,こんなことは何も書きたくなかったのだが,指宿さんに貰った本の感想を書いているうちに,つい,言葉がすぎてしまった。
 怠慢だ,となじられそうだが,僕はまだ死刑論についての自分の考えをきちんとまとめきっていない(この世界には,死刑の廃止問題よりも重要な多くのことが存在するのだ)。だから,上に書いたのは,さしあたっての思いつき,感想に過ぎない。
 そのうち,こんな逃げ口上は通用しなくなるのだろう,とはわかっているのだが──
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by kriminalisto | 2006-01-28 00:41 | 日記・コラム・つぶやき

役者という仕事

 今年の前進座初春公演は,井上ひさしの『たいこどんどん』。品川遊郭にくり出した若旦那と幇間が,女郎の取り合いから薩摩侍に切られそうになり,逃げようと海に飛び込んで溺れそうなところを助けられたのが,北回りの千石船。風に押されて向かうは東北,そしてはじまる凹凸コンビの珍道中── 15年ほど前に中村梅之助の桃八で上演したことがあるそうだが,僕にとっては,もちろん初めて観る演目だった。今回は嵐圭史の清之助と中村梅雀の桃八だが,この梅雀の桃八は秀逸だった。井上ひさしの連発する駄洒落,掛け言葉,なぞなぞその他の,ときに猥雑な「ことばあそび」を巧みにこなし,踊り,富本節をうなり,軽妙におだてを言うといった幇間芸は,この人ならではの観があった。梅之助では重くなりすぎたのではなかっただろうか。もちろん,想像するだけだが。
 ところが,懇親会の場に現れた梅雀は大きなマスクに熱っぽい顔を隠し,A型インフルエンザに罹って,注射と座薬とで熱を下げながらの舞台だと打ち明けた。翌日朝の公演もあること,挨拶だけで帰ってもらったが,心配なことだ。座員の中には,彼以外にも何人かの患者がおり,次々に寝込み,代役を立てねばならない状態が続いているとのこと。
 それにしても,役者というのは大変なものだ。40度の熱があり,肩で息をしていても,舞台に上がればそんな気配は微塵も感じさせないのだから。しかし,他方では,それも当然かもしれない。主役に代役は居らず,もし彼が舞台に立たないとなれば公演は打ち切り,あと20回近くの公演収入が消えてしまうだろう。単純に計算してみても,南座の座席数が1,086席だから,一回の公演で1,000万円近い売り上げがあり,その何割が劇団側に回るのかは知らないが,いずれにしてもその収益で座と多数の座員の存続と生活をまかなっているのだから。「がんばれ,梅雀」と思わずつぶやいてしまう。

 最近の土曜夜の街の雰囲気はこんなものなのだろう。三条河原町付近も,生活感のない若者たちが,携帯電話を片手に連れ立って歩いているだけ。妻と立ち寄ったバーのマスターに新年の挨拶をし,先斗町を南に抜けて,四条通りでタクシーをひろい,帰宅。
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by kriminalisto | 2006-01-08 11:16 | 日記・コラム・つぶやき