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── 移転します

 まあ,ここの場所に格段の不満があるわけではないのだが,自分のネット上の基本的な生活の場をNiftyに移すこととした関係上,このblogについても@Niftyのココログへと移すこととした次第。
 これまでの記事をどうするかはもう少し考えてみることとし,したがって,ここも性急には閉じないつもり。

 なお,新アドレスは以下のとおり。

           http://crime.air-nifty.com/criminolog/
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by kriminalisto | 2005-01-30 17:08

加古祐二郎の日記

 昨日は東一条の関西日仏学館で講演会:「現代の法とヒューマニズム──加古祐二郎日記と瀧川事件──」,講師は園部逸夫先生。ロマン・ロラン研究所主宰のセミナーの一環ということだが,加古祐二郎とロマン・ロランという一見不思議な取り合わせは,園部先生が加古祐二郎とも,ロマン・ロラン研究者・翻訳家として著名な宮本正清とも姻戚関係にあることで合点がゆく。
 加古祐二郎の日記の存在はよく知られえているし,それを詳細に紹介した『昭和精神史の一断面』(法政大学出版会)も刊行されている。だが,そこには公表されていない様々な記述があり,当時の社会的事件や人物に対しての加古の評価や人間的感情の起伏が記されているであろうことは当然だ。園部先生の話は親しみと尊敬の心情が溢れる,活き活きとしたものだった。学生時代の加古の得意と失意,交友関係,瀧川先生に対する醒めた観察,佐々木先生への失望と引き比べての恒藤・末川両先生に対する尊敬の念など。それにしても,31歳で病死するまでの短期間にあれほどの業績を残しえたほどの研究生命の凝縮には驚嘆するほかない。
 加古日記はこのたび立命館大学の加古文庫に収められることとなった。

 前夜,自宅の書架から加古祐二郎の『近代法の基礎構造』をとりだしてぱらぱらとめくってみた。随所に傍線が引かれ,細かい字で書き込みがされている── よく勉強していたのだ。30年前の自分の姿がそこに見えるようで,おもわず懐かしさの感情におそわれたことだった。
 しかし,思い返してみても,講演会の聴衆はほとんどが年配者で(片岡曻先生,中山研一先生,宮内先生の奥さんなども),若い学生や大学院生らしい姿はまず見えなかった。時代なのだ,と言ってみても,やはりさびしい気持ちに変わりはない。
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by kriminalisto | 2005-01-30 11:56 | 日記・コラム・つぶやき

白子屋事件

 昨日は京都南座で前進座の「髪結新三」。授業やら何やらに忙しい中,年に一度だけの贅沢と自分に言い訳しながらの舞台見物だったが,案に相違して,いろいろと面白かった。
 この演目,黙阿弥の生世話(きぜわ)物の名作ということになっているが,江戸時代に実際にあった「白子屋事件」を題材に,幕末から明治にかけ寄席で真を打っていた春錦亭柳櫻という噺家の創作した人情噺「白子屋政談」を基に黙阿弥が脚色したものらしい(岡本綺堂による)。今回は中村梅雀が髪結新三と大岡越前守の二役を演じ,老獪な家主を演じた梅之助との親子の競演だった。
 予備知識なしに舞台の進行を追っていて,途中気になったのは,「白子屋」の娘の巧妙な誘拐がなされたにしては,一向にこれを犯罪として見る目が現れてこないで,新三も周囲の者も当然のように親元からの使いが身の代金=示談金を持参して馳せ参じるものと予定してかかっていることだ。当時の「かどわかし」というのはそのような性格の「犯罪」だったのだろうか。そもそも,この場合新三は身代金目的があったのか,その要求もしていない。手代の忠七が嘆くように,娘のお熊は「てごめ」にあったらしく,それなら「わいせつ」目的か──であればこれは営利誘拐か,など。「白子屋奥の間」の場では,すでに婿を取っているはずのお熊がまだ振袖姿だったが,刺された婿の恨み言からも推測されるように,婚礼以来一度も添い寝もせず,家付き娘のわがままを通していたと言うことなのだろうか。いずれにしても,最後の「町奉行所」の場に至って,それぞれの真犯人は良心の呵責に耐えず自白に及び,「殊勝なり」として,あるいは罪一等を減じられ,あるいは妻子の面倒を見ることの約束がなされるという,きわめて日本的な決着がつけられて安心した。
 もう一つ印象深く聞いたのは,公演が跳ねた後のホテルでの会食の際,同じテーブルに座った梅之助氏の話した「梅鉢」その他の京都の飲み屋との因縁のいくつかだ。とりわけ,朝鮮戦争時の北海道公演での官憲の妨害とのかかわりででっち上げられた刑事事件のあおりで中国に「亡命」していた翫右衛門(梅之助氏の父親)が帰国後に,その裁判費用の捻出のために「名士書画展示販売会」を企画し,その出展作品を集めるために来た京都で,今は故人となった某画伯が若い彼を要所に紹介してくれ,また夜は多くの店に彼を連れてその「顔を売る」ために回ってくれた,という回顧談だ。
 来年は前進座(村山知義の発案による命名とのこと)の創立75周年ということだ。血のにじむような多くのエピソードに溢れて,このような劇団が今日になお長らえていることを喜びたい。(1月16日記)
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by kriminalisto | 2005-01-26 12:58 | 日記・コラム・つぶやき

戻り新参

 結局はNiftyに戻ってきたことになる。
 直接のきっかけはYahooのADSLに関わるさまざまな不具合によるものだ── もう2年以上も快調に使ってきたADSLが,付近での普及のおかげか,最近とみに遅くなり,しかも不安定になってしまった。作業途中に全く止まってしまうことがあり,ついに音を上げてしまった次第。頼みもしないのにBBフォンが使えるようになっており,わが家の複雑な電話配線状況もあって,電話機の異常作動もこたえた。
 わが国でのブロードバンド網の整備に果たしたソフトバンクの功績,とりわけても,ISDNやら何やらにこだわってNTTが妨害するのを撥ね退けての,革命的な低料金でのADSLの普及は,あらためて確認すべきだと思うし,その点で孫社長揮下のソフトバンクの活動には尊敬の念を惜しまないが,それでも── で,このたび,光ケーブルに切り替えるとともに@Niftyをメインにすることにした。NiftyのIDはずっと持ち続けてきたので(先ごろ「ご利用15周年にあたってのご挨拶」を受け取った),それ自体に違和感は少ないのだが,やはり,Yahooへの後ろめたい気持ちが。もちろん,先方は何も気にしていないだろうが。
 ついでに,他所で開いているblogもここに移すことにしようか,と。
 
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by kriminalisto | 2005-01-26 11:59 | 日記・コラム・つぶやき

白子屋事件

 昨日は京都南座で前進座の「髪結新三」。授業やら何やらに忙しい中,年に一度だけの贅沢と自分に言い訳しながらの舞台見物だったが,案に相違して,いろいろと面白かった。
 この演目,黙阿弥の生世話(きぜわ)物の名作ということになっているが,江戸時代に実際にあった「白子屋事件」を題材に,幕末から明治にかけ寄席で真を打っていた春錦亭柳櫻という噺家の創作した人情噺「白子屋政談」を基に黙阿弥が脚色したものらしい(岡本綺堂による)。今回は中村梅雀が髪結新三と大岡越前守の二役を演じ,老獪な家主を演じた梅之助との親子の競演だった。
 予備知識なしに舞台の進行を追っていて,途中気になったのは,「白子屋」の娘の巧妙な誘拐がなされたにしては,一向にこれを犯罪として見る目が現れてこないで,新三も周囲の者も当然のように親元からの使いが身の代金=示談金を持参して馳せ参じるものと予定してかかっていることだ。当時の「かどわかし」というのはそのような性格の「犯罪」だったのだろうか。そもそも,この場合新三は身代金目的があったのか,その要求もしていない。手代の忠七が嘆くように,娘のお熊は「てごめ」にあったらしく,それなら「わいせつ」目的か──であればこれは営利誘拐か,など。「白子屋奥の間」の場では,すでに婿を取っているはずのお熊がまだ振袖姿だったが,刺された婿の恨み言からも推測されるように,婚礼以来一度も添い寝もせず,家付き娘のわがままを通していたと言うことなのだろうか。いずれにしても,最後の「町奉行所」の場に至って,それぞれの真犯人は良心の呵責に耐えず自白に及び,「殊勝なり」として,あるいは罪一等を減じられ,あるいは妻子の面倒を見ることの約束がなされるという,きわめて日本的な決着がつけられて安心した。
 もう一つ印象深く聞いたのは,公演が跳ねた後のホテルでの会食の際,同じテーブルに座った梅之助氏の話した「梅鉢」その他の京都の飲み屋との因縁のいくつかだ。とりわけ,朝鮮戦争時の北海道公演での官憲の妨害とのかかわりででっち上げられた刑事事件のあおりで中国に「亡命」していた翫右衛門(梅之助氏の父親)が帰国後に,その裁判費用の捻出のために「名士書画展示販売会」を企画し,その出展作品を集めるために来た京都で,今は故人となった某画伯が若い彼を要所に紹介してくれ,また夜は多くの店に彼を連れてその「顔を売る」ために回ってくれた,という回顧談だ。
 来年は前進座(村山知義の発案による命名とのこと)の創立75周年ということだ。血のにじむような多くのエピソードに溢れて,このような劇団が今日になお長らえていることを喜びたい。
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by kriminalisto | 2005-01-16 20:08

ペドフィリア

 3ヶ日が過ぎると,テレビも新聞も定常のサイクルに復帰,予期したとおりに奈良の少女誘拐殺人事件に関する周辺情報・コメント類の氾濫となっている。次いで,おそらく,週刊誌がさまざまな「情報」を提供してくれることだろう。
 朝方,××新聞社の記者から電話。疲れた声で,事件に関する特集を組みたいので,「わいせつ事犯の再犯率の高さに照らしての対策について」話してくれないか,という。一瞬考えたが,やはり,これは自分には難しいと判断し,その旨伝えた。少し話したのは,結局はメーガン法の是非ということになるのではないかということで,早くからこの問題を研究してきた人として平山真理さんの名を教えた。
 しかし,あらためて思うのは,わが国の犯罪学の層の薄さということだ。たとえば,性犯罪について,その予防と性犯罪者の矯正について,専門的に検討している者など,(小田晋博士を除けば)居ないのではないか。実務との共働作業を志向する研究者となるとなおさらだろう。そしてそれ以前に,どのような対策が可能なのだろうか,と考え込んでしまう。
 メーガン法にしたところで,その過去の性犯罪(とりわけペドフィリア傾向の)経歴を地域住民に公表されて,なおかつ人は生きていけるのだろうか。効果的な方法だということは,それだけ被適用者の自由一般を制限しているということなのだ:たとえば97年に制度をスタートさせた英国では最近,幼児ポルノサイトを見たことが発覚した場合も指紋,DNAなどを採取され,性犯罪者リストに登録されるようになった,という。一般公開はされないが,地域の学校などに関連情報を提供。対象者は,子供にかかわる仕事やチャリティーに参加できなくなる。〔毎日新聞〕 そこまでいくのであれば,あるいは,ホルモン療法や性腺除去といった直接的な治療の方がかえって人道的なのではないか。
 矯正教育で,と多くの論者が口をそろえる。しかし,確信もないままに,「はずだ」という原則だけを唱えるのは──
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by kriminalisto | 2005-01-04 12:50