<   2004年 11月 ( 2 )   > この月の画像一覧

練炭自殺からの連想

 奇妙なものが流行り始めたと思っていたのだが,まだまだ続きそうな気配だ。最近の集団自殺のキーワードはインターネットと練炭。この二つの取り合わせのちぐはぐさも印象的だが,何らかの対応が必要だと叫ばれるに及んでは,感心しているだけではすまないだろう。かといって,インターネットの掲示板やメール交換を規制するなどは非現実的なことだ。であれば,この際,練炭の販売もシンナーの場合と類似の規制が必要だということになっていくのだろうか。

 それにつけても,昨今のニュースで「練炭自殺」の文字を目にしたり聞いた人の全てが練炭なるもののイメージをちゃんと思い浮かべているのだろうか── たとえば学生諸君が。
 炭は独特の俵に入ったものを炭屋で求め,自転車の荷台にやっとのことで乗せ,落ちないように支えながら自転車を押して持ち帰った。炭団(たどん)はもっぱらコタツ用の燃料で,大きな紙袋で売られ,練炭はそれより安いが煙と悪臭の出る燃料だった。そのうち,練炭は蜂の巣型に整形され,大量に売られるようになった。遠い昔の,四国の郷里の町での記憶である。http://www.chiba-muse.or.jp/OTONE/dougu/dougu2_129.htm 練炭はなかなか便利な燃料で,大振りな火鉢(ひばち)にセットしておくと,終日,ゆっくりと燃え,暖房にも,煮炊きにも使えた。
 かつて,大学院生の頃,何人かで先生のお宅を訪問すると,先生の居間には練炭火鉢が置かれており,座談が長引いたあとには決まってその練炭火鉢を使ってのスキ焼をふるまわれたものだった。それらの日々はすでに遠く,記憶の風景の中で,先生と奥さん,若いわれわれの姿とともに,練炭火鉢の輪郭も徐々にぼやけ始めてはいるのだが。 
 
[PR]
by kriminalisto | 2004-11-29 10:26

秋の夜長に

 こんな静かな夜に,人は死のうとするのだろう。自分の責任も,後で人がするであろううわさや責任追及のことは,どうぞご勝手に,と。
 たまたまに生じた忘れ物のような時間。しかし,この一日,机を離れずに何をしてきたことか──
 こんな仕事。仕事というに値しないそれらに時間の,生命の大部分を費やしている毎日に,果たして意味なぞあるものだろうか。アブソリュートの量ばかりが増えていく。
 アブソリュート,アブソリュート,究極という名のスェーデンの水。 思わずスタンドの光にかざしてみる,今何か言ったか,と。
[PR]
by kriminalisto | 2004-11-14 02:02