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気になる本

 おそれていた通り,後期に入って極端に忙しくなった── しばらく忘れていられた細かい解釈論議に相当に手をとられているのだ。それと,お決まりの,さまざまな事務仕事。
 そんなこともあって,このblogも開店休業状態になってしまっているのだが。

 読むべく入手して机の脇に積み上げられている本の高さはもう数十センチになっているが,その一番上と通勤鞄の中とを行き来しているのが,河合幹雄・安全神話崩壊のパラドックス(岩波書店)だ。
 従来より彼の主張には注目してきた。日本の犯罪現象の実態を、公表されている各種統計資料の慎重な突合せと分析によって,正確に見たときには事実としてのわが国の安全が浮かび上がってくる,というのが彼の基本理解だ。見かけ上,犯罪が増加している最大の原因は,警察が犯罪被害の届け出を受理しない「前さばき」が減ったため,実際の犯罪件数と統計とのギャップが縮まったことで,検挙率の低下している原因も,この母集団の増加にくわえて,軽微な犯罪や余罪の追及に警察が力を割かなくなったことでほぼ説明がつくというのである。

 このあたりのことは,しかし,龍谷大学の浜井教授などもつとに指摘してきたことで,それ自体は新奇の論ではない(大「岩波」に負うところの影響力の大きさはけた違いだろうが)。
 河合説の真骨頂はそれに続く分析・考察にある。
 つまり,殺人の実質的な発生率に典型的に示されるように,日本社会は今も相対的には安全なのだが,問題は,以前には地域的・社会的・文化的に一定の特徴を持つ範囲の中で凶悪犯罪を含む多くの犯罪が行われてきたものが,近年は一般的な「境界線消失社会」化の進行もあって,犯罪問題が多くの一般市民の身近に立ち現れた,ということにある,ということのようである(まだきちんと読み終えていない)。

 この説明は,ある意味ではありふれた説明だが,うまいなと思う。案外,あたっているかもしれない。
 だが,そこに行く前に解明して欲しい問題は,わが国の犯罪現象の爆発と警察力の低下という事態を当の警察と政府がどう捉えてきたかということだ。このことにこだわるのは,このような「安全神話」の崩壊を煽ったのが一部ジャーナリズムだったとしても,多くの場合それは警察当局との共演として進められたという印象を持っているからだ。
 実際には何があったのか。
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by kriminalisto | 2004-10-29 23:08