カテゴリ:日記・コラム・つぶやき( 54 )

役者という仕事

 今年の前進座初春公演は,井上ひさしの『たいこどんどん』。品川遊郭にくり出した若旦那と幇間が,女郎の取り合いから薩摩侍に切られそうになり,逃げようと海に飛び込んで溺れそうなところを助けられたのが,北回りの千石船。風に押されて向かうは東北,そしてはじまる凹凸コンビの珍道中── 15年ほど前に中村梅之助の桃八で上演したことがあるそうだが,僕にとっては,もちろん初めて観る演目だった。今回は嵐圭史の清之助と中村梅雀の桃八だが,この梅雀の桃八は秀逸だった。井上ひさしの連発する駄洒落,掛け言葉,なぞなぞその他の,ときに猥雑な「ことばあそび」を巧みにこなし,踊り,富本節をうなり,軽妙におだてを言うといった幇間芸は,この人ならではの観があった。梅之助では重くなりすぎたのではなかっただろうか。もちろん,想像するだけだが。
 ところが,懇親会の場に現れた梅雀は大きなマスクに熱っぽい顔を隠し,A型インフルエンザに罹って,注射と座薬とで熱を下げながらの舞台だと打ち明けた。翌日朝の公演もあること,挨拶だけで帰ってもらったが,心配なことだ。座員の中には,彼以外にも何人かの患者がおり,次々に寝込み,代役を立てねばならない状態が続いているとのこと。
 それにしても,役者というのは大変なものだ。40度の熱があり,肩で息をしていても,舞台に上がればそんな気配は微塵も感じさせないのだから。しかし,他方では,それも当然かもしれない。主役に代役は居らず,もし彼が舞台に立たないとなれば公演は打ち切り,あと20回近くの公演収入が消えてしまうだろう。単純に計算してみても,南座の座席数が1,086席だから,一回の公演で1,000万円近い売り上げがあり,その何割が劇団側に回るのかは知らないが,いずれにしてもその収益で座と多数の座員の存続と生活をまかなっているのだから。「がんばれ,梅雀」と思わずつぶやいてしまう。

 最近の土曜夜の街の雰囲気はこんなものなのだろう。三条河原町付近も,生活感のない若者たちが,携帯電話を片手に連れ立って歩いているだけ。妻と立ち寄ったバーのマスターに新年の挨拶をし,先斗町を南に抜けて,四条通りでタクシーをひろい,帰宅。
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by kriminalisto | 2006-01-08 11:16 | 日記・コラム・つぶやき

Eのこと(続き)

 10年を隔てて再会したEは,こころもち左の足を引きずるような気配があったほかは,外見上はほとんど変わっていなかった。だが,当時のソビエト社会全体に吹き荒れた嵐の中で,何の変化もなかったはずはない──言葉の端々に,疲れ,いらだち,おびえ,といったものがにじみ出してくるような印象を漂わせていた。

 91年のモスクワ! もはやこの地上に存在しないあの世界を,そこに暮らしていた人々の生活と意識を,どう表現したらよいのだろうか。目の前のすべてが,毎日,少しずつ縮み,徐々にばらばらになっていくような.....  しかしさしあたりの所を一言で言ってしまえば,「静かな混乱」とでもいうべき落ち着きの悪さが支配していた。
  もう一人の知人,若いBはすでに「国家と法」研究所を辞めており,この時には流行の貿易商となっていた。それも,若い日本人女性が実家の支援で掻き集めた「円」を資本にし,自分や奥さん(ターニャ,どうしているのだろう)の兄弟を従業員にして,日本の雑貨を輸入するという,危なっかしい商法の。 まだ40歳そこそこなのに,不健康に腹が出はじめた彼の姿に,かつて,研究所の片隅で談笑した頃の彼の若々しい笑顔や,一緒にバーニャ(公衆サウナ)に出かけたときの会話とビールのジョッキ,スポーツ団体の随員として日本にやってきたときの三宮駅での短時間の出会いなどを思い出すことも難しかった。一体何があったのだろうか,といぶかしんだものだった。後になって,95年に彼が死んだということを聞いた後になって,彼の周囲で起きたさまざまの事を知る機会があったが,もう,その内容について語り合うこともできない。
  彼のことを考えると,今でも,涙が出そうになる。

  Eとの交際が決定的に途切れたのは,例のクーデター騒ぎのあったときだった。
  あの日,早朝に別の知人からクーデターが起きたらしいとの情報があって,テレビも沈黙している中,Eに電話したのだった。彼はまだ知らずに居て,「おっ」というような声をだしたあと絶句し,「調べてみて電話します」,といったきり,事件の決着するまで何の連絡もなかった。その後も,相当に長い間,彼からの連絡はなかった。
  たしかに,彼にとってこれは同情すべき事態なのだろうとは思う──その中に生を受け,長くにわたってその大義を奉じてきた体制の崩壊に立ち会っているのだから。しかし,Bが繰り返し言ったように,このような事態はその現場に滞在中の外国人にとっては,最高度に危うい,何が起きても不思議ではない瞬間の連続する危機そのものなのだ。せめて,何が起こっているかの情報の断片なりと伝えてくれてもよいではないか。妻も,事情をよく理解できぬ子供たちも,不安げにこちらを見て,判断を求めている── 
  考えてみれば,むしろ不思議だ。あのような状況の下で,よくパニックに陥らなかったものだと思う。それどころか,第一日の午前から,街の様子を見るためにクレムリン周辺やプーシキン広場などに出かけたのだから。しかし,Eへの不信の念はこのときに固まり,その後長らく残った。
  そのEも死んだ。

 そうか,あの日からもう14年も経ったのか。
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by kriminalisto | 2005-12-11 23:13 | 日記・コラム・つぶやき

Eのこと

  Eが死んだ,と聞いても,さしあたって思いつくのは,どうでもよい問いかけだけ。以前から悪かった腎臓の疾患でか?あるいは,事故でか? このニュースを伝えてくれたK君にしたところで,そんなことはわかりはしない──最近に東京に現れた極東大学のM某が伝えた情報だという。
  不思議な感覚だ。別段,惜しいとは思わない,とくに学問的な分野では。むしろ,今日まで彼のような「学者」が存在しえたことの方が不思議というべきだろう。しかし,これで確実に一つの時代が終わったという感覚はある,個人的にも。
  ソビエト時代の「**研究所研究員」には,明らかに,3種類の人間が居た。学術の分野できちんとした業績を上げている,紛れもない研究者である「本物」と,学問的貢献は皆無あるいは極小でありつつ,他の何らかの理由によって研究所所員の肩書きを与えられている人々,そして,そのいずれでもない,何の理由でこの研究所におり,研究員として給与を受け取っているのか,まったく理解不能な人たち。E.は決して無能だというのではないし,時折,彼の署名入りの論文を目にすることもあった。だが,彼の周囲に漂っている何かが,彼は上の第2のカテゴリーに属していると示していた。
  最初に会ったのは81年の5月,当時僕が家族とともに滞在していたグープキナ通りのアパートに現れて,当時日本で刊行されていた『マルクス主義法学講座』の合評会を開きたいので,出席してくれとのことだった。趣旨もよくわからないままに,指定されたK君の部屋(同時期にアカデミー・ホテルに滞在中)に行くと,われわれの他には2・3名の日本研究者が来ており,その中にはパノフ(後の駐日大使)も居たように記憶する。かのラトゥイシェフの学び子たちの懇話会といった雰囲気だった。
  Eは当時,アカデミーの極東研究所に所属していて(そのように言っていた),ロシア人としては数少ない日本法の「研究者」だった。久しぶりにモスクワに,K君とか僕とか,若い日本人法学研究者が留学することになって,自分が一肌脱がねばと思ったのだろう,色々と気を使ってくれた。少し前に,初恋の相手だったエレーナさんと再婚した(夫を喪った彼女にめぐりあった彼は妻と別れて,彼女に求婚したのだと聞いた)とかで,幸せそうだった。
  彼については,むしろ帰国後に,それまで知らなかったさまざまの事実を,噂とともに聞くことになる。極東の国境警備隊での勤務から出発して,いくつかの秘密工作にかかわり,当時はKGBの大佐だったというのだ。軍服姿のEを見たという先生もいた。

  彼とは91年に,再度のモスクワ暮らしの中で,そしてソビエト時代の最後の現場で,再会する── 
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by kriminalisto | 2005-12-11 00:57 | 日記・コラム・つぶやき

「犯罪学はペダントの学問」?

  犯罪のような複雑で興味津々の現象については,それこそあらゆる分野からの研究あるいは「突っつき」が可能だろうことは当然予想できる。そして,多くの場合,思いもかけない視角からの検討が提示されて,斬新な結論とともに,これまでの自分の無知の証拠をも突きつけられ,新しい領域への探索に誘われるのだ。だが,それはあくまでも「多くの場合」であって,そうでない,とんでもない迷論を持ち込まれることもないではない。だが,もっと警戒せねばならないのは,斬新な切り口の研究成果に大きな落とし穴が隠れているようなばあいだろう。
  例によって通勤の途中に読んだ長谷川眞理子「戦後日本社会における犯罪」(橘木編『リスク社会を生きる』岩波2004の第7章)は面白かった。進化生物学・行動生態学を専門とする生物学者である筆者は,ここで,「人間の個体間にある,殺人にまでいたるような利害の対立と葛藤とはどのようなものであるのか,その葛藤に対処するにあたって,殺人のようなリスクの大きい選択肢をとる人間は,どのような状況におかれているのか,といった観点から,戦後日本の殺人を分析」してみせるのである。そこで示された結論自体は,従来すでに指摘されていたことも多い(第二次世界大戦後のわが国の,とりわけ若年層における,世界にも例を見ない「殺人率」の低下,そして異常なまでのその低さ)し,また,戦後日本のジニ係数の推移と殺人事犯検挙人員のそれとの対比などには目を引き付けられたのだが,彼女の着想と結論の検証の一般的基準として用意されているのが,ほとんど Daly & Wilsonの1988年の本(彼女自身の翻訳で99年に邦訳が出ている─『人が人を殺すとき』─)だけであることに気づくと,ちょっと心配になってくる。
 とくに問題は,殺人の種類を 1>普通殺人,2>尊属殺,3>嬰児殺,4>自殺関与 の4種類に分け(なんと大胆な),もちろん最大部分は「普通殺人」なのだが,その「大部分は血縁関係にない個人どうしの殺人である」と断じ,以下の立論の前提とされていることである。周知のとおり,この前提は誤っている。警察白書その他多くの資料によって示されているとおり,殺人の加害者・被害者の関係で最大のものは親族関係であり,例年,40%強が親族間の殺人である。もちろん,親族=血縁関係ではなく,統計についてはさらにその内容を検討しなくてはならないが,それでもこの「親族」のかなりは「血縁関係」のある者となるだろうと想定される。このことは常識だと思っていたのだが,長谷川は「遺伝子を共有する個体どうしの間には血縁淘汰が働くので,そのような個人間で殺人が起こることはまれだと予測される」とし,「実際,これまでの研究でも,血縁者間の殺人は,非血縁者どうしの殺人よりも起こる確率が非常に低いことが示されている」と締めくくる。「これまでの研究」として根拠とされているのは,ここでも『人が人を殺すとき』だけである。同じような,(僕に言わせれば)根拠の薄弱な断定はそのあともさまざまに続くのだが,いつか,ヒマができたら,きちんと読んでみよう。今は忙しい。
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by kriminalisto | 2005-11-11 00:23 | 日記・コラム・つぶやき

多くの心優しき男たちが

 「わたしはボトルを手にして自分の寝室に向かった。服を脱いでパンツ一枚になり,ベッドに入った。すべてが調和とはほど遠い。人はそれが何であれ,目の前のものにがむしゃらにしがみつく。共産主義,健康食品,禅,サーフィン,バレエ,催眠術,グループ・エンカウンター,乱交パーティー,自転車乗り,ハーブ,カトリック教,ウエイト・リフティング,旅行,蟄居,菜食主義,インド,絵画,創作,彫刻,作曲,指揮,バックパッキング,ヨガ,性交,ギャンブル,酒,盛り場漫歩,フローズン・ヨーグルト,ベートーベン,バッハ,仏陀,キリスト,超越瞑想法,ヘロイン,人参ジュース,自殺,手作りのスーツ,ジェット旅行,ニューヨーク・シティ。そしてすべてはばらばらになって消え去ってしまう。人は死を待つ間,何かすることを見つけなければならない。選べるというのはなかなかいいことだと思う。わたしも自分が何をしたいのか選んだ。ウオッカの五分の一ガロン壜をつかんでそのままラッパ飲みした。ロシア人だってわかっていたのだ。」
 ──今朝,通勤のバスの中で目に飛び込んできたブコウスキーの言葉。
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by kriminalisto | 2005-11-07 23:34 | 日記・コラム・つぶやき

Clie を諦めるの弁

 入力の不便さにもかかわらず,180gという限界的な重さにもかかわらず,これまで2年半使ってきた Sony の Clie TG-50 だが,そろそろ諦めざるをえないという気がしてきた。
 最大の原因は Sony のPDA部門からの撤退という背信的な決定だが,このところの Sony 本体の不振からすれば仕方がないことかもしれない。許せないのは,現在の利用者に対する配慮の乏しさだ。利用者サービスや修理受付といった窓口があっさりと閉鎖されてしまい,関連するユーザーグループの活動も尻すぼみとあっては,先行きも不安というものだ。参ったことには,手書き入力 Decuma の試用もできなかった。
 しかし,この髙機能──惜しいなぁ。妻にも冷やかされるだろうし。どうしようか。
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by kriminalisto | 2005-10-31 17:11 | 日記・コラム・つぶやき

殺人請け負いサイト

 自殺サイトの次は「殺人請け負いサイト」の話題で,世間はにぎわっている。
 東京消防局の救急隊員の女性が,自分の不倫相手の妻を殺してほしいと,殺人請け負いサイトにコンタクトを取り,そこで紹介された仕事人に,あれやこれやの名目で1500万円を超す金を支払わされた挙句,一向に殺人が実行されないところから不審を抱き,騙されているのではないかと警察に相談したところから発覚した事件。
 事件の内容がいかにも興味を引くもので,新聞,ワイドショー,次には週刊誌が飛びつくはずだ。
 一つの論調は,「だからインターネットは怖い,何でもある」というもの。しかし,これはばかげている──
 むしろcriminologとして興味があるのは,この犯罪の本質はどこにあるのだろうか,という点だ。
 この場合,誰もが思うように,ことの実態は荒唐無稽な詐欺で,世間知らずの依頼者がそれに引っかかっただけのことなのではないだろうか。そうだとすると,暴力行為等処罰法3条の罪は成立しないのではないだろうか──真実の「約束」とか「供与」などは無く,欺く行為だけがあって,「依頼者」は単に被害者に過ぎないのではないか。ちょうど,詐欺賭博の場合に,詐欺罪だけが成立するのと同じように。
 警視庁は女性の身柄を拘束しているようだが,起訴は難しいと思うのだが。

 以上は誰かが書けばよいことで,ここに書かなくてはならないことではない。だが,あまりにも当たり前すぎる仕事の連続で,このままずるずると「開店休業」状態にしてはいけない,と。
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by kriminalisto | 2005-09-22 00:34 | 日記・コラム・つぶやき

木屋町のバーでの会話

 「 ──さん,あなたは人生の意味をどう考えていますか。」 いい加減アルコールの回った頭の中で,V.さんの言葉がはじけた。顔をあげると,面長な彼が静かにこちらをのぞき込んでいる。真面目な問いかけなのだ。
 いつもながらに,僕の頭の中では二重の回路があわただしく作動し始める。「あなたも知っているとおり,学生時代の僕は── 」と説明し始めて,そこで止まってしまった。考えをまとめ,それを外国語に直して,という二段階の,しかしここで詰まってしまったのは第一のそれだ。
 今の僕自身にとって,本当のところ何が支えとなっているのだろうか。学生時代に,あるいは研究者となった当初に,思い描いていたような将来があったはずだが,それが実現しなかったからといって誰を責められようか。すでに中堅を通り越した現在の自分にとって,何らかの意味のある毎日がめぐっているのだろうか。そして,夢見ることが許されるとして,どのような未来を(あるいは終末を)思い描くことができるだろうか。
 記憶に残る戦没学生の詩に,「人はのぞみを喪っても生きつづけていくのだ」というフレーズがあったと,脈絡もなく思い出す。
 だが言うまい。V.さんは日本での雇用契約延長にかけた望みを絶たれて,近く,妻子とともにアメリカに渡るのだ。今はただ,ウオトカの最後のグラスを掲げ,どうか幸せに,そしていつかまた会いましょう,と。
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by kriminalisto | 2005-08-17 23:40 | 日記・コラム・つぶやき

もう一つ,気になるのは

 自殺サイト殺人事件にかかわって,刑法研究者としては,もう一つ,気になることがある。

 よく知られているように,追死する意思がないのにあるかに装って,被害者の同意を得て殺した「偽装心中」の事例について,わが国の裁判所はこれを刑法202条(同意殺人罪)でなく199条(殺人罪)にあたるとするのだが,団藤・大塚といった大家がこれに従う態度をとることを不当だと非難し,この場合,死ぬことについての被害者の同意には何ら欠けるところがない(精神薄弱者を,一度死んでもまた生き返れると欺き,同意させて殺した場合とは異なる)のだから,当然に202条の問題だとするのが,平野博士以降の有力説であり,近年はむしろ通説となっている。
 しかし,今回のような事件において,たとえ犯罪者の側には自殺の意思は毛頭なく,むしろ快楽のために殺害しようとしているときであっても,被害者には自殺意思があった(と思われる)ことを根拠に,やはり202条を適用すべきだという主張は可能だろうか。──直感的には,かなりまずいような気がする。が,かといってこれを199条とすると,判例の立場に後戻りしてしまうことに道を開くような。
 ちょっと考えてみよう。
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by kriminalisto | 2005-08-09 00:21 | 日記・コラム・つぶやき

自殺サイト殺人

 インターネットの自殺サイトを利用した連続殺人事件などというものを,誰が想像できただろうか。
 大阪府河内長野市ですでに3人の犠牲者が明らかとなっている前上某の犯罪は,さまざまな意味でわれわれの意表をつくものだった。この事件はわが国の犯罪史に残ることとなるだろう──おそらくは,この種の多様な犯罪の最初のケースとして。
 彼にとって,他人が窒息の恐怖と苦悶にもだえる姿は,何よりも性的な興奮をもたらすという。「男でも女でも,苦しむ顔を見るのがたまらない」,と。
 報道されるところでは,殺害に通じる衝動は中学生時代からとみられ,大阪府警の調べにも「小説の挿絵に,子供が口を押さえられる様子が描かれているのを見て興奮した」と供述。自作のホームページに主人公の自分が他人を窒息させる小説を書き,ネットで入手したグロテスクな写真を掲載していた。また,1995年から2002年にかけては,通行人の口をふさいだとして傷害容疑で3回逮捕されており,実刑判決を受けたこともあった,という。
 この経験に学んだということだろうか,効率の悪い通行人よりは,無防備で都合のよい被害者を求めて,自殺志願者に目をつけた彼が,インターネットの自殺サイトに網を張り始めたのは昨年10月。約2カ月後に知り合った最初の被害者に「一緒に練炭自殺をしませんか」と持ちかけ,「お願いします」と応じられると,練炭や七輪を用意してみせるなど,信用を得るためにさまざまな行動をとり,最終的に殺害に成功している。
 それにしても,「どうせ死ぬんやから夕食を抜いてください」「めばりテープを張る準備がしにくくなるのでつめを切っておいてください」といった,彼が被害者に送ったメールの不気味さは格別だ── まるで『注文の多い料理店』ではないか。

 この種の事件が起きた際にいつも思うことは,人間というものの不思議さと,そのような存在として生かされていることの悲しみだ。だがそれは所詮は個人の感想で,社会は犯罪者の責任を追求し,同種の犯罪の再発を防ぐための確実な措置を声高に求める。そしてそれは「正しい」。
 しかし,問題は,どのようにしてそれらは可能か,ということだ。
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by kriminalisto | 2005-08-08 23:35 | 日記・コラム・つぶやき