カテゴリ:日記・コラム・つぶやき( 54 )

思いがけずの 辻 邦生

中学・高校と一緒だったA君が郷里の国立大学で医学部の教授となり,専門が皮膚科で頭髪の権威だということは知っていた。毎年交換している賀状でも,当方の頭髪が無くなってしまう前に,画期的な新薬の発明をと,祈らんばかりに頼んできたものだ。
知らなかったのは,彼が辻 邦生のフアンで,その全作品に惚れ込んでいたことだ。
郷里で開かれた同窓会の同じテーブルで,偶然にこの事実を聞き,とたんに嬉しくなって,思わず二人で話し込んでしまった。未完に終わってしまった『フーシェ 革命暦』の大構想,『春の戴冠』に描かれたフィレンツェ,『西行花伝』での西行の描き方,『安土往還記』での信長のいかに魅力的なことか。そして,何よりも『背教者ユリアヌス』! 
かつて大学の記念祭典にノーベル賞作家のOを呼ぼうという動きがあり,彼が強く反対して辻 邦生を推薦したということもあったとのこと。当然のことだろう,およそ比較にならない。圧倒的な言葉の力,言葉の美しさ──そう,すべての若い人たちにきちんと読ませるべきは,まさにこれらの本なのだ。
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by kriminalisto | 2006-08-15 19:55 | 日記・コラム・つぶやき

同窓会 雑感

格別の思いいれも無くて,長い間出席しなかった郷里の高校の同窓会だが。今回出席したのは,卒業後40年という区切りにあたると言われて,「ということは,この機会に会わなければもう一生会えないかもしれない」と思ったことが大きいだろう。電話で誘った友人のYのように,「別段会いたい人間が居るわけでもないし」,と尻込みする気分はどこかに残っていたのだが。
団塊の世代のわれわれの学年は600人ほどもいたはずだが,出席者は100人ほど。多くの懐かしい顔に出合った──というのは,むしろ,各人が胸に着けたカードにプリントされた卒業写真の顔の方で,生身の身体に着いた顔はとうてい見分けがつかない。それでも,3年間の在学中に同じクラスになったことのある何人かは,昔のままの雰囲気をたたえていて,断片的な思い出話など。

それにしても(と思ったことだった),一別以来われわれの世代がたどった歴史はそれなりに振幅の大きいもので,大学では学園紛争,卒業後は石油ショック,アフガン戦争,地価バブル,平成大不況,社会主義圏の崩壊,テロ戦争,と振り回される中で,多くの者が個人生活の上でもさまざまに成功と失意とを味わってきたに相違ない。出席しなかった者の中には,あるいは,気分的にも経済的にも,出席するゆとりのない友人たちがいたことだろう。だが,はっきりしているのは,われわれの今の経済的な富裕であれ窮迫であれ,あるいは社会的な地位もまた,多少の天分や努力の寄与はあったにせよ,その大部分は偶然的なものの作用の結果なのであり,そしてさらに,たとえば40年後には,ほとんどすべての者にとって,何の意味もないものに返っていることだろう。
それでも。数えた人によれば,われわれ600人の同窓生の内では110人余が医者になっているそうだ。とても尋常な比率とは思われないが,ニ次会の席で赤ら顔でカラオケに向かい,ゴルフの腕を自慢するだけのそれら面々を見ていると,日々この手の「成功者」の顔を見ながら暮らしていくことはさぞかし不愉快だろうと,この地に住んでいない幸せを思わずにはいられなかった。
もう一つ発見,というよりは再確認したのは,人間の基本的な性格,人柄は簡単には変わらないということだ。40年経っても,にきび面のあの頃とまったく変わらずに横柄で,開口一番,予想したとおりに人を不愉快にせずにはおかない男がいる一方で,冗談の一つも言わずに相手を愉快な気分にさせ,打ち解けさせる者も,破天荒,支離滅裂な話をがなり立てているうちに,不思議と相手を説得してしまっている者もいる。当方の顔を覗き込みながら,真剣に話し込んでいたはずなの相手が,ふぃと居なくなってしまって,ああ,40年前もこんなことがあった,と思い出したりもした。
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by kriminalisto | 2006-08-15 14:53 | 日記・コラム・つぶやき

『風の影』

通勤の行き帰りの読書の楽しみは,この間しばらくおあずけだった(全般的な気ぜわしさと良い作品の不足のおかげで)のだが,久しぶりの手応えを感じさせてくれる作品に出会ったように思う。この,スペインで2001年に公刊されたカルロス・ルイス・サフォンの小説が,木村裕美さんという優れた翻訳者の手でわが国に紹介されたことの幸運を思わずには居られない(集英社文庫・上下2冊)。
小説の舞台となっているのは,凄惨な内戦の後,ヨーロッパ諸国との奇妙な力のバランスによってヨーロッパの大戦の直接の惨禍を免れたスペイン,バルセロナ。ある日、父に連れられて訪れた「忘れられた書物の墓場」で1冊の本と出会った少年が,まずはその『風の影』という本に魅惑され,その作者の足跡を探すうちに多くの,錯綜する謎につきあたり,またいつしかその作者と自分の運命が似た軌跡を描いていることに気付き,この一冊の本をめぐって,謎の作家カラックスと少年ダニエルとの過去と未来とが交差する――
多くの評者が「ロシア人形」のような,と言っているのはマトリョーシカのことだろう。入れ子細工のような,一つの謎は新たな謎を生み,それはそれでまた次の謎を引き寄せるといったような,ゴダードの小説とも似た作風だ。
こま切れの読書はまだ途中だが,このような作品に出会うと,早く全体を読んでしまいたいという気持ちと,それがあまり早く終わってしまうことが残念で,むしろゆっくりと,いつまでも読んでいたいような,アンビバレントな気持に捉えられる。
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by kriminalisto | 2006-07-29 00:39 | 日記・コラム・つぶやき

まもなく夏休み

小学校が夏休みになったこの時期は,大学は前期末の定期試験で,「夏休みに遊ぶために,今の苦行に耐えよ」とばかりに,学生にとっては大きなヤマ場となっている。教師の場合はもう少し遅れて,その後の採点作業が大きな負担となるのだが,これは人によって様ざま──本当に,試験会場から事務室まで答案を持ち帰る間に採点が終わってしまうような教員も,実に半月以上も,単調な答案・レポートの採点に明け暮れることを余儀なくされる教員もいるのが実情だ。つまりは,科目の性格と受講生の数によって決まってくるわけで,仕方がないとは言え,「同じ賃金を貰っているのに....」と恨めしくなることも。
まあ,それでも,その後に夏休みがあるではないか,と言われるのだが,これがかなりの誤解を含む評なのだ。つまり,開講期間中が授業準備や教材作り,そして教室での精力を絞っての授業,学生の求めに応じての補講や答案の添削,果てはネットを通じての質問への対応に追われるようになった昨今では,継続的なテーマでの研究と思索,原稿執筆に当てられる時間は,ほぼ,夏の休暇時に限られており,この期間にいかに精力的に働くかが,決定的に重要となっている。ある意味では,開講期間中以上に忙しく,精神的には大きなストレスのかかる「休暇」なのだ。
懐かしいのは「むかしの平和」。7月の声を聞くと,教壇で先生が「暑いからもう授業は止めておこう」などと言い,9月の終わりに授業が再開されたかと思うと,すぐ秋になってしまったものだった。多分,正常なのは今の状態だろうが,この余裕のなくなった分だけ,わが国の大学教育は充実したのだろうか。
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by kriminalisto | 2006-07-23 21:39 | 日記・コラム・つぶやき

T-n先生のこと

誰しもこんな時期があるのかもしれない。このところゆかりのある人の訃報を聞くことが続く。

先日,T君から聞かされたT-n先生の死という情報にも,特別の感慨があった。
もう30年近くも前に,学部の賓客として来訪中の先生を,最も若年の助教授として広島訪問にお供したことを皮切りに,留学中のモスクワで再会し,研究分野が異なるにもかかわらず,さまざまに便宜を図ってくれ,また郊外へのエクスカーションに誘ってくれたこと,大雪の一夜,家族ともどもお宅に招いていただいたこと,その際にご馳走になったコーカサス風のピラフ,奥さんと息子を交えての温かげな家庭の雰囲気のことなど,懐かしい多くの場面が思い出される。
そして連邦崩壊と脱社会主義化の激流の中,研究所の所長として,研究所の権威と財政を共にまもるための先生の悲壮な闘いぶりは,時たまに彼の地から流れてくる噂話の中でさまざまに聞かされたことだった。
90年代の終わりに名古屋大学で短時間の立ち話をして別れたのが,先生とお会いした最後になった。そのあと,2002年の秋に,大学間交流をめざしての協議のために先生が京都大学に立ち寄られた際には,当方は校務のために会いに行くことができなかったのだが,先生を応接した京都大学のO教授のゼミにたまたま娘が所属しており,彼女が僕に代わって挨拶することができた──先生は「こんなちっちゃな,赤ん坊の頃から知っている」と想い出を語り,懐かしがってくれたとのことだった.....

T-n先生,親愛なボリス・ニコラエヴィッチ! どうぞ安らかに。

あらためて思う。さまざまな人々との繋がりの中に人の生があるのだと,ネクロローグを書くということは,つまりは自分の生の一部に別れを告げているということなのだ,と。
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by kriminalisto | 2006-06-25 17:10 | 日記・コラム・つぶやき

今年の桜を送る

 しつこく降る雨の中を,誘われて,白川沿いの桜を見ようと巽橋近くのお茶屋の2階へ。
 窓から西に向かって,この世のものとも思われぬ桜花の連なる光景を眺め,あでやかな着物姿の芸妓さんたちの酌を受けながら盃を口へ。人々が嘆声を上げる中,雨に打たれて花びらは散り,白川の川面に浮かんで運ばれて行く。京に桜の名所と名のつく場所は様々にあるが,この白川の夜桜に勝るものはないと,常々思ってきたが,このような場所から,このような角度で,見ることができようとは思ったこともなかった。将来にも,二度とあるだろうか。
 雨は止まず,花はいよいよに美しい。確実に,今年の桜はこれに止めを刺した。いくら眺めていても見飽きることはない。時間よ止まれ,と言うべきはこの一瞬ではなかったか。
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by kriminalisto | 2006-04-12 01:13 | 日記・コラム・つぶやき

射水市民病院の事件

 昨日の夕刊で報道された射水市の「安楽死」事件について,今日の新聞各紙とテレビ・ニュースが争うように様々の報道をしている。この場合,やはり問題なのは末期段階での延命医療打切りについて患者自身の真摯な嘱託があったかどうか,患者が意思表示できなかった場合には,その肉親の「人間的な」申し出があったかどうかだろう。法的にはさまざまな手続きが要請されるにせよ,真に死期が切迫した状態の下では,それが唯一かつ最終的な条件だろう。今回の射水市民病院外科部長の対応が,その条件にかなったものだったかどうか──今後明らかにされるだろう事実経過にそくして,判断されなくてはならない。
 毎日新聞の記事では,末期医療について,延命治療中止を望む国民は7割を超え,医療関係者では8割に達した,という厚生労働省「終末期医療に関する調査等検討会」の03年の世論調査結果を紹介している。おそらくそのようなところが多くの人の実感だろう。とかく元気な人は,自身についても「余命いくばくもないのであれば,無理をして生かしてもらう必要はない」と考えていることが多いものだ。
 この問題には,しかし,もう一つの側面がある。それは高額に上る医療費の問題だ。末期のがん患者の延命に費やされる,基礎的な入院費用に加えての人工心肺装置の使用経費,抗がん剤その他の医薬品代,差額ベッド代等々,気の遠くなるほどの費用負担に誰もが耐えるわけではない。肉親であれば,しかし,生活費を削り高利の借金を重ねてでもそれに耐えねばならないのであろうか。とてもそうとは思われない。では,患者の費用負担の限度に応じて,末期医療の密度と期間に格差を設けるのか。おそらく,医療現場で実際にはそのような「死の不平等」は進行しているのだろうが,しかしそのことが正面から語られることはない。
 ここには関係者すべてが知らん振りを決め込んでいる欺瞞があり,そのことを抜きにした「安楽死」論議にはいささか冷笑的にならざるをえない。
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by kriminalisto | 2006-03-27 00:16 | 日記・コラム・つぶやき

鷗外の「妄想」

 昨年末に,結局,Clieを諦めて,NOKIAのスマートフォン(6680)に乗り換えたのだが,これまた様々につつきまわして,日程管理ソフトやBook Readerをインストールしたりフォントを読みやすく変えたりして,それなりに安定した使用環境になっている。そこに,"青空文庫"からいくつかのファイルをダウンロードして,バスの中などで他に読むものが無いときにはそれを読んでいるのだが──
 昨日,偶然に目にとまった文章。とても,100年近くを隔てて聴かされた言葉とは思われなかった。

 「生れてから今日まで、自分は何をしてゐるか。始終何物かに策(むち)うたれ駆られてゐるやうに学問といふことに齷齪(あくせく)してゐる。これは自分に或る働きが出来るやうに、自分を為上(しあ)げるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。併し自分のしてゐる事は、役者が舞台へ出て或る役を勤めてゐるに過ぎないやうに感ぜられる。その勤めてゐる役の背後(うしろ)に、別に何物かが存在してゐなくてはならないやうに感ぜられる。策(むち)うたれ駆られてばかりゐる為めに、その何物かが醒覚(せいかく)する暇(ひま)がないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する学校生徒、勉強する官吏、勉強する留学生といふのが、皆その役である。赤く黒く塗られてゐる顔をいつか洗つて、一寸舞台から降りて、静かに自分といふものを考へて見たい、背後(うしろ)の何物かの面目を覗(のぞ)いて見たいと思ひ思ひしながら、舞台監督の鞭(むち)を背中に受けて、役から役を勤め続けてゐる。此役が即ち生だとは考へられない。背後(うしろ)にある或る物が真の生ではあるまいかと思はれる。併しその或る物は目を醒(さ)まさう醒(さ)まさうと思ひながら、又してはうとうとして眠つてしまふ。此頃折々切実に感ずる故郷の恋しさなんぞも、浮草が波に揺られて遠い処へ行つて浮いてゐるのに、どうかするとその揺れるのが根に響くやうな感じであるが、これは舞台でしてゐる役の感じではない。併しそんな感じは、一寸頭を挙げるかと思ふと、直ぐに引つ込んでしまふ。
 それとは違つて、夜寐られない時、こんな風に舞台で勤めながら生涯を終るのかと思ふことがある。それからその生涯といふものも長いか短いか知れないと思ふ。」
                              森鷗外 「妄想」(1911年)
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by kriminalisto | 2006-03-10 20:09 | 日記・コラム・つぶやき

世界の至るところで

 ニューヨークは記録的な大雪だという。思わず友人のTs,にメールを書く──どんな具合だ,と。
 たしかに世界は小さくなり,ニュースとメールとでその地表は簡単に覆い尽くされたかのようだ。世界中の多くの知人・友人たちと「繋がっている」という感覚は,われわれより前の世代には持ちようもなかっただろう。インターネットのもたらした最大の変化の一つが,僕にはそこにあるような気がする。
 しかし,とそれをさえぎる思考が声を上げることも事実だ。そう,そんなことはありえないのだ,複数の世界で同時に生きることなどは。街を歩き,行きかう人々を眺め,その空気を呼吸することは。

 そんなことはどうでもよい。僕になつかしく,時に焦燥感さえおぼえさせる一つのこと,それは,かつて僕が歩いた街も,僕の眺めた人々も,総じてあの街は,僕の存在しないことに気づきさえせずに,かの地にそのまま存在し続けているのだろうということだ。この引っかかるような感覚。あるいは,もしかしたら,僕は自分の何分の一かの存在をあそこに置き忘れてきたのかもしれない── 冬の日の影のように。
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by kriminalisto | 2006-02-14 00:46 | 日記・コラム・つぶやき

『極刑』

 死刑問題を考える上で,究極の一冊──と言うふれ込みで,昨年末に全国の書店に並んだこの本は,スコット・トゥローの令名と岩波書店の「力」とによって,わが国の多くの読者をひきつけたようだ。
 2003年1月,米国イリノイ州のジョージ・ライアン知事は,無罪を理由に4名の死刑囚に恩赦を与え,残る死刑囚全員を一括で減刑し自由刑とした。全米のみならず世界中に衝撃を与えたこの決定に大きな影響を与えた「イリノイ州死刑諮問委員会」のメンバーの中にいたスコット・トゥローが,消極的なものではあれ死刑制度容認から死刑廃止の確信へと至る,思索と心の軌跡を率直に著したのが本署である。
 もう30年も前にわが国で紹介された『ハーバード・ロースクール』で彼の名を知り,『推定無罪』をはじめ彼の多くのリーガル・サスペンスを読んだ身としては,彼が死刑問題にどのような意見を述べるのか,興味がないはずはない。のみならず,翻訳者である指宿さんから直接,「この本を読んで勉強してください」とばかりに贈呈されたからには,きちんと読むのが礼儀だろう。
 この本を読んで,あらためて感じ入ったのは,イリノイ州をはじめとするアメリカ合衆国での死刑制度の運用の乱暴さだ。暴力的な捜査と「共犯者の自供」を基礎とする死刑判決の散在,そして何よりも,人種や民族を基礎とした差別・偏見の圧倒的な作用,情報操作とメディアを利用した政治的思惑の影響,等々,数え上げるときりのない阻害要因があげられる。こんなむちゃくちゃな世界だからこそ,一方では安易な死刑制度の濫用があり,他方では種々の証拠法則や抑制原理への熱中が見られるのだろう。大体,州の最高裁判所が確定した有罪判決を,選挙の成り行きを気にしながら州知事が「無罪」だと覆し,死刑囚を放免するようなやり方を,疑問だと思わない研究者やジャーナリストが信じられない。──強力な権限は逆にも使われうるのだ。

 結局,読む前と今とで,僕の死刑に関する考え方はほとんど変わっていない。
 死刑もまた,他の刑罰制度と同様,無用となる日が来るかもしれない。その日を,一般論としては,僕も待ち望んでいる。だが,今日の世界はこの刑罰制度を──もちろんすべての刑事法制がではないが──持ち,それに一定の機能を付与している,というのが事実だ。どのような「機能」をか,と問われれば,かなり考えた末に,「正義」の確証と言うべきかもしれない。
 つまり,こういうことだ。死刑も含め刑罰制度の正当化根拠は,刑事責任それ自体の中にあり,刑罰の軽重は責任の大小に対応している。そしてそれは,それ自体として犯罪と刑罰との等価交換の思想の反映なのだ。もちろん,実際の刑罰は「目には目,歯には歯」といったタリオの制度とはほど遠く,あらゆる犯罪を人の自由と財産の量,例外的に生命,によって贖わせ,また同時に本人の将来の再犯を防ぐための教育という考慮を加えている。その量はその時代と社会の条件によって変容させられた基準に沿って計られる。それでも,刑罰の量を計る基準の最重要のものは彼の犯罪の軽重,つまりは刑事責任の量だということは否定できないだろう。そして,そのような「刑事責任に対応する刑罰」こそが,市民の共感を呼び,少なくとも納得を得るのだ。この等価交換が破られるなら,そのときは,法と正義,政治体制と司法制度に対する信頼は大きく傷つくに相違ない。
 それでも,刑罰制度としての死刑は異常な刑罰だ,という意見が唱えられる。とり返しがつかない,というのだ。本当にそうだろうか──つまり,他の刑罰とくに自由刑とそれほど違うのだろうか。そうは思わない。人の生命を奪うことの重大性はそれなりに理解しているつもりだが,同時に,人の生命は結局は時間だと思う。たかだか数十年をしか生きえない人間にとって,その人生の10年をあるいは20年を奪うということは,その人の生命の何分の一かを奪うことに等しい。であれば,自由刑と生命刑とは連続的なものであり,その時代と社会に一般的な価値意識によって加工された秤によって,妥当と考えられた「等価」において刑事責任と交換されるのだ。
 であれば,刑罰制度一般を廃止せよと言うのならいざ知らず,死刑制度のみを廃止せよという主張を理解することは困難だと言わねばならない。
 
 本当は,こんなことは何も書きたくなかったのだが,指宿さんに貰った本の感想を書いているうちに,つい,言葉がすぎてしまった。
 怠慢だ,となじられそうだが,僕はまだ死刑論についての自分の考えをきちんとまとめきっていない(この世界には,死刑の廃止問題よりも重要な多くのことが存在するのだ)。だから,上に書いたのは,さしあたっての思いつき,感想に過ぎない。
 そのうち,こんな逃げ口上は通用しなくなるのだろう,とはわかっているのだが──
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by kriminalisto | 2006-01-28 00:41 | 日記・コラム・つぶやき