通勤の行き帰りの読書の楽しみは,この間しばらくおあずけだった(全般的な気ぜわしさと良い作品の不足のおかげで)のだが,久しぶりの手応えを感じさせてくれる作品に出会ったように思う。この,スペインで2001年に公刊されたカルロス・ルイス・サフォンの小説が,木村裕美さんという優れた翻訳者の手でわが国に紹介されたことの幸運を思わずには居られない(集英社文庫・上下2冊)。
小説の舞台となっているのは,凄惨な内戦の後,ヨーロッパ諸国との奇妙な力のバランスによってヨーロッパの大戦の直接の惨禍を免れたスペイン,バルセロナ。ある日、父に連れられて訪れた「忘れられた書物の墓場」で1冊の本と出会った少年が,まずはその『風の影』という本に魅惑され,その作者の足跡を探すうちに多くの,錯綜する謎につきあたり,またいつしかその作者と自分の運命が似た軌跡を描いていることに気付き,この一冊の本をめぐって,謎の作家カラックスと少年ダニエルとの過去と未来とが交差する―― 多くの評者が「ロシア人形」のような,と言っているのはマトリョーシカのことだろう。入れ子細工のような,一つの謎は新たな謎を生み,それはそれでまた次の謎を引き寄せるといったような,ゴダードの小説とも似た作風だ。 こま切れの読書はまだ途中だが,このような作品に出会うと,早く全体を読んでしまいたいという気持ちと,それがあまり早く終わってしまうことが残念で,むしろゆっくりと,いつまでも読んでいたいような,アンビバレントな気持に捉えられる。
by kriminalisto
| 2006-07-29 00:39
| 日記・コラム・つぶやき
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