T-n先生のこと

誰しもこんな時期があるのかもしれない。このところゆかりのある人の訃報を聞くことが続く。

先日,T君から聞かされたT-n先生の死という情報にも,特別の感慨があった。
もう30年近くも前に,学部の賓客として来訪中の先生を,最も若年の助教授として広島訪問にお供したことを皮切りに,留学中のモスクワで再会し,研究分野が異なるにもかかわらず,さまざまに便宜を図ってくれ,また郊外へのエクスカーションに誘ってくれたこと,大雪の一夜,家族ともどもお宅に招いていただいたこと,その際にご馳走になったコーカサス風のピラフ,奥さんと息子を交えての温かげな家庭の雰囲気のことなど,懐かしい多くの場面が思い出される。
そして連邦崩壊と脱社会主義化の激流の中,研究所の所長として,研究所の権威と財政を共にまもるための先生の悲壮な闘いぶりは,時たまに彼の地から流れてくる噂話の中でさまざまに聞かされたことだった。
90年代の終わりに名古屋大学で短時間の立ち話をして別れたのが,先生とお会いした最後になった。そのあと,2002年の秋に,大学間交流をめざしての協議のために先生が京都大学に立ち寄られた際には,当方は校務のために会いに行くことができなかったのだが,先生を応接した京都大学のO教授のゼミにたまたま娘が所属しており,彼女が僕に代わって挨拶することができた──先生は「こんなちっちゃな,赤ん坊の頃から知っている」と想い出を語り,懐かしがってくれたとのことだった.....

T-n先生,親愛なボリス・ニコラエヴィッチ! どうぞ安らかに。

あらためて思う。さまざまな人々との繋がりの中に人の生があるのだと,ネクロローグを書くということは,つまりは自分の生の一部に別れを告げているということなのだ,と。
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by kriminalisto | 2006-06-25 17:10 | 日記・コラム・つぶやき
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