木屋町のバーでの会話

 「 ──さん,あなたは人生の意味をどう考えていますか。」 いい加減アルコールの回った頭の中で,V.さんの言葉がはじけた。顔をあげると,面長な彼が静かにこちらをのぞき込んでいる。真面目な問いかけなのだ。
 いつもながらに,僕の頭の中では二重の回路があわただしく作動し始める。「あなたも知っているとおり,学生時代の僕は── 」と説明し始めて,そこで止まってしまった。考えをまとめ,それを外国語に直して,という二段階の,しかしここで詰まってしまったのは第一のそれだ。
 今の僕自身にとって,本当のところ何が支えとなっているのだろうか。学生時代に,あるいは研究者となった当初に,思い描いていたような将来があったはずだが,それが実現しなかったからといって誰を責められようか。すでに中堅を通り越した現在の自分にとって,何らかの意味のある毎日がめぐっているのだろうか。そして,夢見ることが許されるとして,どのような未来を(あるいは終末を)思い描くことができるだろうか。
 記憶に残る戦没学生の詩に,「人はのぞみを喪っても生きつづけていくのだ」というフレーズがあったと,脈絡もなく思い出す。
 だが言うまい。V.さんは日本での雇用契約延長にかけた望みを絶たれて,近く,妻子とともにアメリカに渡るのだ。今はただ,ウオトカの最後のグラスを掲げ,どうか幸せに,そしていつかまた会いましょう,と。
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by kriminalisto | 2005-08-17 23:40 | 日記・コラム・つぶやき
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