性犯罪者の前歴情報の公開制度

 昨年末の奈良での女児誘拐殺人事件を契機として,わが国でもメーガン法のようなものを作るべきだとの主張が聞かれることが多いが,この点について,藤本哲也教授が積極的な検討の必要性を指摘し(『罪と罰』42巻2号),また諸外国の制度を紹介している(『警察学論集』58巻5号)。難しい問題だが,僕はこの種の制度には否定的だ──性犯罪だけを特別扱いする理由はなく,いったんこの種の制度ができれば,殺人,詐欺,窃盗と,全ての犯罪について前歴情報を公開せよということになることは必至だ。「隣りは何をする人ぞ」ならぬ「隣りは何をした人ぞ」と,疑心暗鬼に駆られて隣人たちの旧悪を暴かずには居れなくなるだろう。そして,一度何らかの犯罪にかかわった人間は決定的なスティグマを負わせられ,社会的には死を宣告されたも同然のことになるだろう。コンピュータ,インターネット,そして「住基ネット」。どこへ逃げていくこともできない。
 ここにおいて,刑罰は犯罪問題の処理という,きわめて重要な機能を失い,極端な執念深さで罪人を追い詰める報復手段となるだろう。
 そのことに比べれば,かつての優生保護法が定めていた「優生手術(断種)」や外国に適用例のある「ホルモン治療」の処置の方がはるかに「人道的」なのではないだろうか。

 学生から,次のような質問があった。
 「性犯罪者についての情報開示制度は,最近それと同時に言われている刑務所や更正施設のプログラムを根本から見直そうという事とは,相反するものだと思うんですが,どうなんでしょうか? 仮に在監中の性犯罪者に更正の目途が立ったとして,社会に戻ったときに待っているのが開示制度による村八分的な状態ってゆうのは.... 更正プログラム見直しの意味が無くなるんじゃないかと。」
 また,別の学生の意見:
 「もともと,ニュースの実名報道ですら(未成年・成年を問わず)議論の余地が在るのに,出所後の実名住所等の公表・近隣への告知の更生に悪影響を及ぼすおそれがより高いことは言うまでもないでしょうね・・・・・ 地域住民との関係も,うまくいくはずがないと思います。本当に矯正されてきたのかも知れない人が,もしかしたら,捨て鉢になってしまうかも知れません。この問題についての議論は平行線を辿っているのだと思います。始めから,情報開示派の人にとって性犯罪者の更生ということは考慮の外,二の次,三の次なのでしょう。」 「難しい問題ですね,ただ,更生して出てきた(であろう)者に対し吊るし上げにも似た行為はしたくないし,かといって,高らかに矯正・更生の原理を謳い,(妻を屍姦され,幼い子供を惨殺された)遺族の夫を罵倒するようなこともしたくはない。」
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by kriminalisto | 2005-05-31 21:02 | 日記・コラム・つぶやき
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