4月は苛酷な月

 昔,小学校の校長先生が3学期の冒頭の朝礼で「1月は行く,2月は逃げる,3月は去る」という言葉を引きながら,寸暇を惜しんで勉強するようにと訓示を垂れていたことを覚えているが,その伝で行けば「4月は死ぬ」とでもいうのだろうか── なんとも慌しく,さまざまな雑事に忙殺される中で4月も終わる。落ち着いて桜を見ることもなかった。
 法科大学院の学生に呆れられてしまった持ちコマの多さはさておき,新しい科目に緊張を強いられている。実務家の教員と一緒に実体法と訴訟法との融合問題について演習を指導するのだが,準備の量は並大抵ではない(学生もそうだが)。まいったまいった,といったところ。
 それにしても,先のトレンドマイクロ事件に驚いている間にJRのとんでもない事件が起こり,すべて人間のなすことに誤りの起きないはずはないということが再確認された気がする。長い連結だと1,000人を超える乗客を乗せた列車が,一人の運転士の判断と技能に委ねられ切っているということは,はたして尋常なことなのだろうか。生身の人間であればそこに僅かでも誤りの可能性は払拭できず,その安全策として複数の人間を運転席に配置し,あるいは些細な異常でも感知して列車を停止させたり減速させる装置が配されたりするのだろう。今回の場合はどうだったのだろうか。
 失われた方々の人柄を,想い出を語り,事故を起こしたJRの対応をなじる人々の姿がこの3日間絶え間なくテレビで流されている。残酷なことだ。
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by kriminalisto | 2005-04-28 23:46 | 日記・コラム・つぶやき
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