白子屋事件

 昨日は京都南座で前進座の「髪結新三」。授業やら何やらに忙しい中,年に一度だけの贅沢と自分に言い訳しながらの舞台見物だったが,案に相違して,いろいろと面白かった。
 この演目,黙阿弥の生世話(きぜわ)物の名作ということになっているが,江戸時代に実際にあった「白子屋事件」を題材に,幕末から明治にかけ寄席で真を打っていた春錦亭柳櫻という噺家の創作した人情噺「白子屋政談」を基に黙阿弥が脚色したものらしい(岡本綺堂による)。今回は中村梅雀が髪結新三と大岡越前守の二役を演じ,老獪な家主を演じた梅之助との親子の競演だった。
 予備知識なしに舞台の進行を追っていて,途中気になったのは,「白子屋」の娘の巧妙な誘拐がなされたにしては,一向にこれを犯罪として見る目が現れてこないで,新三も周囲の者も当然のように親元からの使いが身の代金=示談金を持参して馳せ参じるものと予定してかかっていることだ。当時の「かどわかし」というのはそのような性格の「犯罪」だったのだろうか。そもそも,この場合新三は身代金目的があったのか,その要求もしていない。手代の忠七が嘆くように,娘のお熊は「てごめ」にあったらしく,それなら「わいせつ」目的か──であればこれは営利誘拐か,など。「白子屋奥の間」の場では,すでに婿を取っているはずのお熊がまだ振袖姿だったが,刺された婿の恨み言からも推測されるように,婚礼以来一度も添い寝もせず,家付き娘のわがままを通していたと言うことなのだろうか。いずれにしても,最後の「町奉行所」の場に至って,それぞれの真犯人は良心の呵責に耐えず自白に及び,「殊勝なり」として,あるいは罪一等を減じられ,あるいは妻子の面倒を見ることの約束がなされるという,きわめて日本的な決着がつけられて安心した。
 もう一つ印象深く聞いたのは,公演が跳ねた後のホテルでの会食の際,同じテーブルに座った梅之助氏の話した「梅鉢」その他の京都の飲み屋との因縁のいくつかだ。とりわけ,朝鮮戦争時の北海道公演での官憲の妨害とのかかわりででっち上げられた刑事事件のあおりで中国に「亡命」していた翫右衛門(梅之助氏の父親)が帰国後に,その裁判費用の捻出のために「名士書画展示販売会」を企画し,その出展作品を集めるために来た京都で,今は故人となった某画伯が若い彼を要所に紹介してくれ,また夜は多くの店に彼を連れてその「顔を売る」ために回ってくれた,という回顧談だ。
 来年は前進座(村山知義の発案による命名とのこと)の創立75周年ということだ。血のにじむような多くのエピソードに溢れて,このような劇団が今日になお長らえていることを喜びたい。(1月16日記)
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by kriminalisto | 2005-01-26 12:58 | 日記・コラム・つぶやき
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